Caribou

移動


クイヌイトウク “ 大いなる忍耐 ”

カリブーを北へと駆りたてる動機は誰にもわからない。
彼らは春の嵐に耐え前進し、強靭な意志と忍耐力を発揮して、雪解けがはじまり氷塊であふれる川を渡り、出産のための場所へと足を速める。この過酷な旅を終えたときには、牝の体は痩せ細る。




アラスカ最深部、ブルックス山脈の谷に入り三日目の早朝、テントの外を覗くと、千頭をこえるカリブーの群れが草を食んでいた。
今まで静寂に包まれていた極北の大地は、カリブーの到来と共に息を吹き返した。その日を境に連日、カリブーの群れは、僕らのベースキャンプを通りすぎ、東のユーコン準州の方角へと向っていった。これらの群れの大部分は、生まれたばかりの仔カリブーを連れた牝ばかりの群れであった。生まれて間もない仔カリブーは、必死に母親の後に続き、次々と川を渡っていく。川を渡りきると、何故なのか、仔カリブーは山の斜面を興奮したかのように走りまわり、飛びはねていた。



6月中旬、僕らが北極圏に降り立ったとき、まだ雪解けの途中で、風景は荒涼として生命の気配の感じられぬ非常に寒々しい風景が続いていた。北極海から吹きつける風は、身を切るような冷たさであった。しかし、24時間の太陽エネルギーは雪をみるみるうちに溶かし、淡く済みきった極北の太陽光線はぬくもりを感じられるようになっていった。ある朝、突如としてカリブーの大きな群れが僕らのキャンプ地に押し寄せ、それから数日間、カリブーは東に向って移動を続けていった。数日間に及ぶ、極北の壮大なドラマはやがて過ぎ去った。彼らが来年もやってくることを知識として知っているにもかかわらず、彼らの出産のための場所は世界でもっとも荒涼としたところという印象をうけてしまう。再び、静寂と済みきった光が辺りを支配していった。ここでは時間は光と同じようにただ通りすぎるだけである。ゆったりと流れつづける時間、長く続く薄明。しかし、ある日突然、再び静寂を打ち破るかのように、荒涼とした大地に花が咲き乱れた。極北の短い夏がやってきた。
長い静寂、そしてそれを打ち破る突然の変化。はじめて体験する極北の夏を思うとき、この静と動の世界にただただ、圧倒されていた。





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