Glacier Bay   Last Ice Age


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Post-Glacial Plant Succession  植物遷移
 

4000年にも及ぶ長い旅路の果て、氷河はゆっくりと、時に速度を速めながら末端から崩れ落ちて、再び海へとかえってゆく。そして、氷河は大地を削りとり、氷河が後退したあとには、生命の存在すら見当たらぬ、無機質な瓦礫ばかりの新生の大地が再び顔をのぞかせる。3万年以上前、この場所には巨樹の森が存在していたとは到底、信じがたい。人知の及ばぬ大いなる自然の力によって、生命を消し去り、再び大地が出現するとき、いったい生命はどのように蘇ってゆくのだろう。



氷河が後退したあと、急速に植物が蘇生する植物遷移の過程を、グレーシャーベイはつぶさに観察することができる。1879年、自然学者ジョン・ミュ−アは、氷河が後退した直後のグレーシャーベイで、まだ生命の見当たらぬ大地を発見した。現在、グレーシャーベイでは、1794年、ジョージ・バンクーバーが訪れたときには巨大な氷河で覆われていたところにシトカ・スプルースの森が見られる。200年余りの歳月で森が出現したのだ。湾に入りこむことは、氷河の後退の様を見ることで、バートレット・コーブの森林地帯からフィヨルドの遥か端のむきだしの大地へと植物遷移の過程を見ることができる。



植物遷移の始まりは、沈泥を安定させ、水を含むけばだったフェルトのような藻からできた「黒い地表」にすぎない。そして、苔などが更に大地を安定させ、その次にパイオニア植物と呼ばれるトクサやヤナギランなどの雑草や、ハコヤナギやハンノキなどの落葉樹が土壌に窒素を供給してゆく。植物の種子が何処に辿り着くかは、大変に重要なことで、氷河の移動後の混沌とした岩と瓦礫の土壌には窒素が大変不足しているのだ。そして、土壌に窒素が供給され始めるとスプルース(トウヒ)が出現する。トウヒは大きく成長し、やがてその陰にあるハンノキは枯れて行く。こうしてトウヒの森が出現するのだ。しかし、現在、グレーシャーベイや南東アラスカで見られる全盛期のトウヒの森はやがて、ヘムロック(ツガ)の森へと変わってゆく。トウヒは自ら落とす葉によって土壌を酸性に変えて行き、酸性の土壌はトウヒにとって不都合なのだ。そしてこの酸性の土壌に強いツガが勢力をのばして行く。それぞれの植物が新しい環境条件を作りだし、植物間の生存競争が、明るさや湿度、土壌の栄養度などの環境を変え、それにともない植物群も変化してゆく。一見、静止しているように見える森も、実は一刻たりとも静止していないのだ。木々は絶えず光合成を繰り返し、年輪を刻む。やがて、生を終えた老木は自らの身を大地に横たえ、若木に日光と栄養分を捧げ、森を育てる。一個の死は、再生への始まり。森にいると、生と死の境界線がどこにひかれているのかわからない。



氷河後退後に見られる動物移住の過程は、植物遷移ほど秩序だっていない。動物には遷移の道をつけたパイオニアがいないのだ。風や波または鳥によって運ばれる植物の種子や胞子と異なって、陸地の動物は歩くか、泳がなくてはならない。広範囲にわたる海、氷、山々が通り越せない障害となって立ちはだかり、動物は低い山々を通って生息しはじめる。それらの動物たちは若い土地で過ごし、やがて生息数を少しずつ増やしてゆく。



氷河が後退してから200年余りのバートレット・コーブの森にブラック・ベアが姿を現した。




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